東京杉並区の住宅地にあります茶道教室|雅庵教室

2013年 9月の茶道講座

  【利休百首】

柄杓にて白湯と水とを汲むときは汲むと思はじ持つと思はじ

 

茶を振るは手先をふると思ふなよ臂よりふれよそれが秘事なり

 

堺の発展と茶湯

 

 

 ●柄杓にて白湯と水とを汲むときは汲むと思はじ持つと思はじ

湯や水を汲むと思い、または柄杓を持つと思うから、その方に気が取られてしまいます。そして、肱のほうがお留守になってしまいます。

●茶を振るは手先をふると思ふなよ臂よりふれよそれが秘事なり

濃茶を煉るとき、薄茶を点てるときは、手先だけで茶筅をふらないようにします。手先だけでふると、細かい泡もできません。

 

【堺の発展と茶湯】

堺では遣明船を独自で仕立て発展していきます。

天王寺屋会記より、堺衆は幅広い経済交流を持ち茶会を通じて交流していたことがわかります。

堺で茶の湯が隆盛をきわめ始めた頃、尾張の一角から大頭した武将が織田信長です。

信長は天下統一の過程で茶の湯に出会うことになります。京都や堺を自らの支配下に組み入れようとするときに、茶の湯に何らかの形で関わることが避けることができなかったからといわれています。

1568年信長は摂津、和泉、本願寺、堺に軍資金の提供を求めましたが、堺は応じず、三好一族の助力を期待しました。

しかし、三好が負け、堺は信長の支配下となりました。

 

● 参考文献

よくわかる茶道の歴史 谷端昭夫著 淡交社

利休百首 井口海仙著 綾村坦園書 淡交社 

雅庵裏千家茶道教室では、毎月茶道講座を実施しております。